大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和26年(ネ)117号 判決 1954年3月11日

控訴人 宮田宗兵衛

被控訴人 野木源四郎 外三名

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決を取消す。被控訴人等は控訴人に対しそれぞれ別表記載の株券を引渡し、且その株式名義書換手続をなすべし。これを為すことのできない被控訴人はそれぞれ別表該当欄記載の金員を控訴人に支払うべし。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。旨の判決を求め、被控訴人江口証券株式会社訴訟代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の提出、認否援用は、控訴代理人において本件各株式の最終口頭弁論期日当時の価格はそれぞれ末尾添付別表金員欄記載のとおりである。なお被控訴人江口証券株式会社は承継前の被控訴人丸二証券株式会社を合併しその一切の権利義務を承継したと述べ、被控訴人江口証券株式会社訴訟代理人は右承継の事実を認めると述べ控訴代理人は甲第四号証を提出し、証人宮田はまほの証言を援用した外、いずれも原判決事実摘示と同一であるから茲にこれを引用する。

理由

被控訴人江口証券株式会社の被承継人丸二証券株式会社及尓余の被控訴人等がもと控訴人名義であつた別表記載の各株券を取得し名義書換の上これを所持していること、被控訴人江口証券株式会社は右丸二証券株式会社を合併し、その権利義務一切を承継したことは当事者間に争のないところである。而して右各株券が控訴人から被控訴人等に移つた経緯を審べるに、成立に争のない(被控訴人江口証券株式会社の関係においてはいずれも公文書なるにより真正に成立したと認める)甲第一乃至第三号証と原審並当審証人宮田はまほの証言を綜合すると、昭和一五年四月頃控訴人及控訴人の妻はまほは、訴外小林荘三郎を介して知合となつた訴外渡辺寛次郎から、同人に株券を預ければ、その株券により最も堅実有利な利殖が得られ、株券は訴外野村証券株式会社の金庫に保管し置き、入要のときは何時でも返還する旨の勧誘を受けるや、世事に疎い控訴人等は深くも考えず、たやすく同人の言を信じて同年六月一四日頃迄の間数回に亙り、その所有に係る本件株券の外多数の株券を同人に交付したこと、且その都度同人の要求により、有合せの認印を押捺して控訴人名義の株式名義書換用白紙委任状を株券に添付しておいたこと、訴外渡辺寛次郎は金融難から擅に右株券を他に処分しようと企てたが本件株券の会社届印が控訴人の実印によるものであつたところから、偶々同年六月頃控訴人から日曹鉱業株式会社株式の売却方並株式会社梅田映画劇場の株式名義書換方の依頼を受け、そのため控訴人の実印による委任状を預つたのを奇貨とし、印判屋に注文して控訴人の実印を偽造した上、これを使用して控訴人名義の書換用白紙委任状を数通偽造し、該偽造の白紙委任状を前記認め印による委任状と取り代えてそれぞれ本株券に添付し、同年七月上旬から八月頃迄の間数回に訴外野村証券株式会社その他にこれを譲渡したこと、その後株券は転々して結局被控訴人等の取得するところとなつたものであること、はいずれもこれを認定するに十分である。而して株式取引の実情に照し反証のない本件においては、被控訴人等は叔上のいきさつを知らず、善意無過失にこれを取得したものと推認するのを相当とする。

よつて、以上認定の事実に基ずいて被控訴人等の本件株式取得の効力を考えるに、現行商法(昭和二五年法律第一六七号による改正)第二二九条により小切手法第二一条の規定が記名株式の譲渡に準用せられる結果、現行法のもとにおいては被控訴人等が本件株式を有効に取得したものと解せられることは疑のないところであるが、右改正以前の本件当時においては、記名株式の所有者が株券に名義書換用白紙委任状を添付してこれを他人に交付した場合、右委任状が真正に作成せられたものであり、且その交付が所有者の任意になされたものである以上、これを交付した原因如何に拘らず、尓後善意無過失に該株式を取得した第三者は完全にその株式を取得するものと認める商慣習法の存在したことは当裁判所に顕著な事実である。従つて本件において、仮に訴外渡辺寛次郎が当初控訴人等から交付を受けた委任状を取り代えることなく、そのままこれを第三者に処分し爾後転々して被控訴人等の取得するところとなつたものとせば、被控訴人等は有効に本件株式を取得し、控訴人は最早被控訴人等に対し株券の返還を請求し得ない筋合であつて、此の場合、縦令右委任状の印章が会社へ届出の印と異なるがため名義書換手続が未了であろうと、或は右印章の相違が看過せられたまま名義書換がなされて居ようと、その理を異にするものではなく、更に又一旦善意無過失に取得した後において仮に名義書換に際し偽造の委任状が使用せられた場合を想定しても、偽造の責任は別として右の結論を左右するものでない。

蓋し敍上商慣習法の是認せられる所以は、白紙委任状附記名株式は宛も無記名証券の如く取引場裡に流通せられる実情に鑑み、所有者が一旦自己の意思に基き委任状を作成添付してこれを他人に交付した以上、その交付の原因如何に拘らず、斯る株式流通の原因を与えた所有者の利益よりも、善意の第三取得者を保護することが取引の安全と衡平の原則に合致するからである。

果して然りとすれば、本件の如く、一旦所有者たる控訴人の意思に基いて作成交付せられた白紙委任状が尓後偶々訴外人により他の偽造の白紙委任状と取り代えられて転々した場合においても、善意の取得者たる被控訴人等を控訴人の利益より以上に保護する必要と、その理由において前記の場合と何等選ぶところがないものと認むべきであつて、即ち前記商慣習法の是認せられる当然の帰結として、被控訴人等は有効に本件株券を取得し、控訴人はこれが返還を請求し得ないものと謂うを相当とする。若しこれに反し本件の場合単に添付委任状が偽造であることの一事によつて被控訴人等が本件株式を有効に取得し得ないものと解するにおいては、控訴人の関知しない訴外人の行為の介入如何により当事者に及ぼす効果を異にし甚だしく衡平の原則に反することとなるであろう。

従つて被控訴人の本訴請求は尓余の判断を俟たず、すべて失当としてこれを棄却すべく、これと同趣旨にいでた原判決は相当で本件控訴は理由がない。よつて民事訴訟法第三八四条、第八九条、第九五条を適用して主文のように判決する。

(裁判長判事 吉村正道 判事 大田外一 判事 金田宇佐夫)

(別表は省略する。)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例